インタビュー

岡﨑造船株式会社 代表取締役社長 岡﨑英範さん インタビュー2 インタビュー 太田有紀、坊野美絵

世界各国からヨットの注文を受けていると聞く岡﨑造船。小豆島の北側、大部地区にある工場は岡山と神戸を臨む穏やかな海に面しています。ヨットってどんなものか、なぜ世界からお客さんが来るのか。先代の跡を継ぎ、44歳で四代目社長となった岡﨑英範さんにお話を伺いました。

—今日はお時間いただきありがとうございます。さっそくですが、岡﨑造船さんのことからお伺いします。
はい。創業は1930年です。会社組織になるのはそれからもう少し後なんですけど、一番最初は漁船や木造漁船などをつくっていました。先々代にあたるわたしの祖父がモーターボートやヨットなどの遊びで乗るような船をつくりはじめました。私で四代目になります。

—場所はずっと大部のこの場所ですか?

はい、それから24年くらい後の昭和二十年代に高松で国体があったんです。ディンギーという1〜2人乗りのヨットの試合があって、うちの船が良く出来ているという評価をもらったことで、徐々に知名度があがっていって、全国的になっていったそうです。その時代は他にも防衛庁などの訓練船や手漕ぎのカッター船、木造でできている小型ボート、モーターボートなどもつくりながら、ヨットをつくっていました。

—木造にこだわっていたのですか?
当時は木か鉄かどちらかでしたから。小型は木、大型は鉄。材料が木しかなかったですからね。FRPを使いだすのはもうちょっと後で70年代からですかね。

—国体に自社のヨットを出してみた理由は何かあったんですか。
んー、どうだろう?もう知っとる人がおらんくて。ヨットをつくってみようとなったのも、これからは遊びの船ちゃうか、ってことだったんでしょう。

—漁船は、このあたりの漁業に向けてつくっていたのですか。
そう、この地域だけです。大部地区というか、まぁ当時は島の北側に向けてでしょうね、きっと。

—小豆島の北側は漁業が盛んだったんですか。
昔は農家か漁業かどちらかだったでしょうね。大部には漁師が結構いるんです。いまでこそ数える程しかいないですが。近くの田井や小部にもいるんですよ。

—漁船をつくっている造船所は他にもいくつかあったんですか?大部の公民館の浜側にも(造船所が)ありますよね
そこでも漁船をつくっていたし、その隣の空き地みたいになっているところも造船所だったんですよ。

—造船所は小豆島全体にもっとあったんですか?神浦(三都半島)にもあったと聞いたことがあります。
結構あったでしょうね。小さいのがぽちぽちと。大部、土庄、池田、草壁、坂手、福田の各港に1つずつはあったような感じがするなぁ。海に向けてレ—ルとか敷いてね。

—レール!船が進水するところ見てみたいです。
進水って言っても一瞬ですけどね。だだだーっといったら終わりやから。「進水式」っていうのは、あんまり最近はしないんですね。ここで出来た新しい船ですっていうてね、海に浸けるけど、誰も見てないというか(笑)。海に下ろして仕上げてから、オーナーさんが来て進水式やるっていうのはたまにありますけどね。でも、それももう海に浸けて全部仕上げた後のことです。

—仕上げは海の上でするんですか?
そうですね。背の高いマストなんかは工場の中では立てられないしクレ—ンも入れないし。大変やから海の上の方が作業しやすいんです。

—漁船をつくり出す前は何をつくっていたんでしょう。
わかんないなぁ、なにしてたんやろ…。それってもう江戸時代くらいか、明治とかですね。

—漁船からヨットかぁ。ヨット始めたおじいさんはどこで学んだですか。
えーっと、島を飛び出して関東に行ったって言うてました。関東にはヨットつくっている造船所があったんです。そこで勉強してたんだけど、ある日、引っ張り戻されたと(笑)。

—それでよくヨットつくり始めましたね。
ねえ。小さなやつをね、つくってたんですよ。

—今では世界からオーダーが来るとお聞きしましたが。
海外から来た人がここに立ち寄って修理をするというのはありますけど、基本的には国内外で製造されたものを修理したり、ここで製造したものを国内に出荷というのが多いです。直接オーダーがきて輸出というのはそうそう無いですね。日本の海は規制が多いからなかなか入りにくいんです。こっちからあっちの間で許可ちょうだい、という風に自由に行き来できない。外国人がどんどん来ている感じではないです。

—ヨットにも流行り廃りというのはあるんですか。
ありますよ。基本的な構造は変わらないけど、カタチがちょっとずつ違かったりします。伝統的なカタチのものもあるし、最新のものもあるし。あとは用途によっても違いますね。遊びの…、遊びの船っていうのもおかしいけど、パーティーをしたり転々と各地を旅行するキャンピングカーみたいな船とか競争するような速い船とか。いろいろありますね。

—ヨットの中にトイレや調理をするところもあったりするんですか?
あるある、ありますよ。そこそこの大きさやったら寝るところと、調理するところと、トイレはたいがいあります。6人くらい寝られたりする広さもあります。

—6人も!結構広いんですね。岡﨑さんは土庄中学校出身ですよね。高校はどちらだったんですか。
高校は高松の坂出の方に。大学は長崎に行きました。

—大学も造船の方に行かれたんですか?
そうそう、造船です。その大学を卒業してからアメリカに1年行って、それからオランダに半年行きました。会社が船の設計を頼んでいる提携デザイナーがオランダやったんで、そこに図面をひく勉強をしに行って、帰ってきてここに入りました。それが26歳だったかな。

—オランダは造船が多いんですか?
すごい多いですよ。今のヨット業界の最先端はやっぱりヨーロッパですね。

—岡﨑造船さんの一日ってどういうものなんですか。
基本的には工期が長くて、1つ出来上がるまでに1〜2ヶ月くらい。一日で終わるような仕事はないし、コンスタントにずうっとやっていくような感じです。

—つくり方は昔も今も同じなんですか?
昔は小さいし木造だったんで、つくり方なんかはもう変わってきてます。いまは素材も強化プラスチックになってきて、サイズもだんだん大きくなってきてますね。寝泊まりできるような船になっていて、エンジンも付いていたり。

—従業員は何人くらいいるんですか。
今は16人。ほぼ島の人です。

—島外から来ている人もいるんですか?
いますよ。今年から来た彼は、学校は静岡で実家は広島。学校は造形技術みたいなところだったかな。モノづくりをしたいみたい。船をつくりたい!と言って「ここで働きたいんです、募集していますか?」ってやってきました。

—船をつくれるところ探してここに?
そうそう。泳げないから、お前絶対落ちるなよ!とかいうてね。まぁあんまり関係ないけどね(笑)。

—船をつくっているところ自体、日本ってそんなにないんですか。
瀬戸内海沿岸は漁船とかは多いでしょうけどね。でもヨットとなると特殊だから。それこそ3〜40年前は結構あったんですよ、国内でヨットを作っている造船所はね。

—岡﨑さんはいつから岡﨑造船の代表になられたんですか?
平成22年やから、6年前かな。先代が亡くなってからです。

—うわ、大変だったんじゃないですか。
無茶苦茶ですよ。わけわからん(笑)だいたい、何がどこにあるかわからんのやから。それが大変やったね。まぁ現場は別に、あれやけど。

—それまではつくる人として、働いてはったんですか。
いまもね、つくる人やけどね。(笑)

—失礼しました。社長さんもつくらはるんですね。従業員の方はどこで学んでこられるんですか?
ここです。ここで教えてもらいながら勉強する。ヨットの学校ってないしなぁ。

—へぇ!ヨットと造船とは学校もまた違うんですね。一番長い人でどのくらい勤めてはるんですか?
50年以上。いま60いくつで、中学校卒業してすぐからとか。

—え〜〜〜〜〜!
15で働き始めて65歳とかね。

—すごいですね。社長はぼちぼち慣れてこられた頃ですか。
いや~…まだまだ。帳面も経理も、付き合いも、まだわからんね。

—これから先、やっていきたいことはありますか?
国内のヨットの造船所っていうのは、基本的にほぼなくなったので、とりあえずここを維持していかんと、っていうのはひとつの目標ですね。

—国内で新品をつくれる造船所がひとつもないということですか。
コンスタントにずっとつくり続けていっているところはないですね。まぁ、何人かで一つずつ1年かけてつくるようなところはあるかもしれないですけど。

—こちらでは1年間に何艇くらい新造船を造られているんですか?
4〜5艇です。昔はヤマハが小型のヨットをつくっていて一番大きかったんですけど、もうヨットを撤退してね。モーターボートだけは自社でつくってるけどヨットはどこかにもう任せているんです。

—じゃあ受注も多いんじゃないんですか?
受注は多いけど、つくる人は決まってるもんね。ずっと一緒や(笑)。

—じゃあ注文された方は待っている状態ですか。
そうそうそう。いっぱい注文がきたからといってダーッとたくさんつくることはできないし。ここ10年は四社くらいあったんですよ。ヤマハがあって、もう1つ同じようなタイプの船をつくってるところがあって。もう1つレース艇みたいな割と速い船をつくるところもありました。でもレース艇をつくるようなところはもう倒産してしまって、今はもう最後の二社だけ。ヤマハはまだあるけど、ヨットはもうほとんどつくってないような状況です。

—その1社が小豆島にあるってすごいですね。知らなかったなぁ。

インタビュー 太田有紀、坊野美絵
撮影 太田有紀

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